単語ルーレットで出たワードで小話を書いてみる(つづき)

 

 

 

皆さんこんにちは、こんばんは、生きてます。 サンケン6でございます。

 

 

本日は、前回に引き続き小話の続きとなっております。

 

なお記事の趣旨としては、単語ルーレットで出た3つの単語を用いて文章を作成するというものになっております。

 

詳細は以下、前回の内容に記載しておりますので、そちらをご覧ください。

sunken-rock.hatenablog.com

 

 

 

※ 本アカウントの趣旨は、年齢30歳を過ぎて仕事を辞めたおっさんがブログを書くことにより、生存報告をするというものになっております。

 

※ 食事を見ればその人間が現在どんな生活レベルにあるのか分かりやすいと思うので、以下に昨日の夕飯の画像を載せております。

 

昨日の夕食

 

前回掲載した内容に少し追記しました

 

後半の展開の都合上、前置きとして触れておいた方が良いかなと思うところがございましたので、前回掲載部分(灰色)とともに追記箇所(オレンジ色)を載せておきます。

 

 

 

『つーまんね』

 

座り心地の悪いパイプ椅子にふんぞり返りながら、俺はこの日一番の退屈をかみしめていた。

 

 

何が楽しくて、こんな子供だましのマジックショーを見ていなければいけないのか。

 

 

あぁ、早く帰って「デビハン」の続きがやりたい。

 

退屈を紛らわせるように思いをはせるのは、おれがこのところ毎日のようにやりこんでいるテレビゲーム、「デビルズハンター2G」。

 

四天王の最後の一人がなかなか倒せなくて一昨日から苦心しているのだが、3日後にはゲームを兄ちゃんに返すことになっているから、今日は何としても先に進めなければ。

 

 

まぁ、ちぃとばっかし約束を過ぎたところで、どうせ人がいい兄ちゃんのことだ。

 

別に怒ったり、催促したりとかは、しないだろうけど・・・

 

おれとしては、やはり少し気が引ける。

 

 

実はと言えば、おれはこの前ほかのゲームを貸してもらったときに、間違って、ずっと前に兄ちゃんがたたき出した最速記録のクリアデータを消してしまっていた。

 

その時も兄ちゃんは、

 

『また記録更新すればいいから』

 

なんて言って許してくれたけど、今の兄ちゃんにあんな記録を出すことは無理なんじゃないかというのが、おれの正直な感想だった。

 

 

だから、それ以来おれはゲームの貸し借りにおいて小さなミスもしないよう、気を付けているのだ。

 

なんだか、兄ちゃんの人がいいのに付け入るような感じがして、あまり気分が良くないから。

 

 

そう。

 

兄ちゃんは昔から人がいい。

 

古いゲームをたくさん持っていて、おれが今まで興味を持ったものは全部貸してくれた。

 

ソフトもハードもいっぺんに持って行って良いって。

 

 

そんなだから、お小遣いを貯めるのが苦手なおれでも、遊ぶゲームに不自由したことはなかった。

 

時たまにグラフィックがきれいな最新ゲームのコマーシャルに興味を惹かれることもあるけれど、ドットの荒いゲームも味があって十分に楽しめる。

 

 

そういえば前に一度、兄ちゃんは最新のゲームに興味はないのかと、聞いてみたことがあっただろうか。

 

確かその時は、

 

『興味がないことはないが、操作についていけなくてな』

 

なんて言いながら右肩を『パシッ』と左手ではたいて、冗談めかしていたっけ。

 

 

あの寄り目をした兄ちゃんの何とも言えない顔ときたら。

 

おれは、その表情を思い出しかけて、少しだけ笑いがこみ上げそうになってくる。

 

 

その時。

 

『ドッガシャーン!!!』

 

 

突然、耳をつんざくような大きな音が響き渡り、俺が退屈真っただ中の現実に戻ってくる。

 

どうやら回想にふけるあまり、しばらく上の空になっていたらしい。

 

 

俺は音にビビッて少し体が跳ねてしまったのを、うぅんと伸びをしてごまかしつつ、ひとまず気を取り直す。

 

そして何事が起ったのかとあたりを見回すと、ステージの真ん中で、それが横たわっていることに気づいた。

 

 

さっきの音の原因となった張本人。

 

いつの間にかマジックショーに登場したピエロが、バケツに片足を突っ込んで盛大にずっこけているところだった。

 

 

 

 

 

ステージの上ではあいも変わらず調子の抜けた音楽に合わせて手品師がネタを披露し続けているが、そのどれもが、どこかで見たことがあるような使い古されたものばかり。

 

あまりの芸のなさに早々に見切りをつけたクラスメイトたちが数人、さっきこの体育館を抜け出していってしまったのをの思い返しながら

 

『俺もバックレれば良かった』

 

なんて後悔しながら、5回目のあくびが出て目をこする。

 

 

今日は年に一度の学園祭。

 

俺の通っているこの中学校では毎年の恒例行事となっている。

 

学園祭とはいうものの高校や大学とは違い生徒の自主性はほとんどなく、あらかじめ学校側が用意した催しを適当に回るだけ。

 

このマジックショーも、そんな催しの1つとしてわざわざ招待されてきたものだ。

 

別に何を企画しようが学校の勝手だが、このショーだけは例外。

 

午前中一杯をつかって学年ごとに順番でショーを見るよう、きっちりとタイムスケジュールが組まれていたものだから、他を回るつもりでいた多くの生徒から不満の声が上がっていた。

 

まぁこっちから招待しておいて『お客さんが集まりませんでした』じゃバツが悪いから、最低限の配慮ってやつなんだろうけど。

 

まったく、大人の都合に振り回される俺らの身にもなってほしい。

 

しかも、よりにもよってなんで、俺ら2年生の順番が一番最後なんだ?

 

また、あの押しの弱い学年主任のせいか?

 

早くしないと、楽しみにしいてた屋台のコロッケサンドが売り切れてしまう。

 

 

 

 

 

結局、ショーが終わったのは12時30分を回ったころ。

 

おれは体育館からダッシュでお目当ての屋台に向かったものの、着いた先の屋台の脇に裏向きで「コロッケサンド」と書かれた看板が立てかけられているのを見て、なんとなく状況を察した。

 

しかし、まだ営業準備中という可能性も残っている。

 

コロッケサンドを諦めきれなかったおれは思い切って、近くにいた店主と思われるおじさんに店の開店時間について尋ねてみた。

 

すると、おじさんは少し驚いたような顔をしながら、おれの方を振り返ってくる。

 

どうやら何か作業の途中だったようで、おれの言ったことが上手く聞こえていなかったらしい。

 

『おれ、コロッケサンド買いに来たんですけど・・・』

 

今度は率直に用件を伝えると、おじさんは状況を飲み込んで、首から下げていたタヲルをはずしながらおれに向き直り、

 

『あー、ごめんね、今日はもう終わっちゃったんだよ。』

 

と答えてくれた。

 

やっぱりな。

 

9割がた予想はしていたけれど、少しばかりすきっ腹にこたえる。

 

『そうですか、ありがとうございました。』、

 

『お仕事中お邪魔しました。』

 

そうお礼を言って、おれがおじさんにカクっと頭だけを少し下げて見せると、おじさんの方も軽く片手を上げながら会釈を返してくれた。

 

そして、おじさんが屋台の骨組みを取り外しにかかったのを見て、おれはがっくりと肩を落とし、しかたなく自分のもと来た方向へと足を向けたのだった。

 

 

 

 

 

俺は腹が立っていた。

 

実はコロッケサンドの屋台を後にしてから他の店も回ってみたのだが、目ぼしいものはすでに、全て売り切れてしまっていたからだ。

 

かろうじてありつけたのは、あんぱん二つと200ミリリットルのパック牛乳一本だけ。

 

なんだよあれ。

 

どこにでも売っているような袋パンと牛乳なのに、コンビニより割高じゃんか。

 

なにより、俺はつぶあん派だってのに。

 

つまらないマジックショーのために昼食のあてをつぶされたあげく、他にまともな選択肢もないなんて、本当に冗談じゃない。

 

その上、さっきバックレたクラスメイトたちが美味そうにコロッケサンドをほおばっているのを見かけたものだから、余計に頭にきている。

 

俺は教室の前まで戻ってくると、たてつけの悪くなった引き戸のつっかえるのも構わず、力任せにずらし開いた。

 

 

なんだ?

 

少しばかり教室が騒がしい。

 

何事かと思い、適当なグループに割って入ってよくよく話を聞いてみると、どうやら意外なことにさっきのマジックショーの話題で盛り上がっているようなのだ。

 

『あのピエロの切断マジック、マジヤバくなかった?』

 

ここでみんなが話している切断マジックというのは、ショーの最後の山場に披露されたパフォーマンスで、手品師が巨大な剣でピエロの右腕を切り落とし、再びくっつけるというものだ。

 

たしかに、他のマジックはどう考えてもトリックが見えみえだったのに、あのときピエロが腕を切り落としたカラクリは見当もつかなかった。

 

だから、クラス全員で各々が考えるトリックの予想を披露しあっているうちに、だんだんとヒートアップしていったということか。

 

 

なるほどねぇ。

 

そんなクラスメイト達の様子を見て、俺はある一つのへそ曲がりな考えが頭に浮かび、次にそれが口をついて出る。

 

『おまえら、そんなに気になるんだったら、俺があばいてきてやろうか?』

 

『ぇあ?』

 

隣にいた一人の男子が馬鹿笑いをやめて、つぶれたカラスのような鳴き声を上げる。

 

『だから、俺があのピエロの腕の秘密、突き止めてやるって言ってんの!』

 

『マジックショーは午後も公演予定があるから、あのピエロは今ごろステージ脇の控室で休憩をとっているはずだ。』

 

『分かるだろ? 潜入するんだよ!!』

 

俺が一層大きな声で言い放つと、一瞬あたりが静まりかえったが、ややあって、つぶれたカラスがもう一声を上げた。

 

『やめとけよ、さすがにそれはヤバいって。』

 

なんだよ。

 

おまえらその程度かよ。

 

腹が立っていたせいで、俺もいつもより少し勢いづいていたのかもしれない。

 

予想外に周りのノリが悪いことが面白くなくて、クラス全員を一瞥(いちべつ)してからフンっと鼻を鳴らした。

 

念のため、他についてくるやつがいないかと思い呼び掛けてはみたが、みんな興味はあるものの、リスクを冒して潜入するまでの気はないようだ。

 

いつもは先生たちに反抗しまくっている悪ガキどもでさえ、外部の人間に手を出すのはマズイと考えているらしい。

 

意気地なしどもめ。

 

 

普段の俺ならここでシラけてしまって、実行には移さなかっただろう。

 

だが今日の俺には、あのマジックショーに個人的な恨みがある。

 

下に恐ろしきは食い物の恨み。

 

コロッケサンドを食いそびれた憂さ晴らしに、おまえらの秘密を学校中に言いふらしてやる。

 

午後のステージにあのピエロがどんな顔で立つかと思うと、今から楽しみでしかたがねぇ。

 

覚悟しとけよ、「腕なしピエロ」!!

 

 

 

 

 

ステージ脇の控室前。

 

ここまでは拍子抜けするほどすんなりと来られてしまった。

 

途中で2度ほど先生に声をかけられたが、どうせ午後はフリータイムだから、どこにいようがとがめられることはない。

 

むしろ、マジックショーのために早く体育館に行って良い席を確保しておきたいなんて言ったら、笑って送り出してくれた。

 

もちろん嘘はついていない。

 

俺専用の特等席で、あのピエロの裏のうらまでしっかりと見てやる。

 

 

しかし静かだ。

 

ここに着いてかれこれ5分。

 

舞台袖の幕の陰に隠れて様子をうかがっているが、人の気配どころか、中から物音ひとつしない。

 

出かけている?

 

確証はなかったが、しびれを切らした俺は意を決して、控室のドアをノックした。

 

もしも誰かいたら、適当に応援の言葉でもかけて出直せばいい。

 

だがそんな俺の心配をよそに、中から返事はなかった。

 

 

そっとドアノブに手をかけ、回す。

 

ぐいと力を込めて、ほんの指一本分ほどだけドアを開けると、『カチャリ』とラッチが音を立てた。

 

中からの反応はない。

 

 

指三本分。

 

そのすき間に顔の片側をひっつけて、中の様子を覗き見る。

 

いないぞ。

 

 

俺はもう、思い切ってドアを開けて中に入り、急いで、それでいて静かに閉めた。

 

やはり、控室の中には誰もいない。

 

 

俺は安心して力が抜けそうになったが、まだ目的を果たしていないことを思い出し、頬を張って気合を入れなおす。

 

今が絶好のチャンスだ。

 

このままどこかに隠れて、ピエロが戻ってくるのを待ち伏せよう。

 

 

幸いにも隠れ場所はすぐに見つかった。

 

控室の奥の方、壁ぎわに寄せるようにして、学園祭の開会式で使った演台が置かれている。

 

ショーの邪魔になるからと、とりあえずここに運び込まれたのだろうか。

 

何にせよ、ピエロを待つには好都合だ。

 

 

俺は演台と壁のすき間に体を潜り込ませ、息をひそめる。

 

さぁ、準備は整った。

 

これより潜入ミッションを開始する。

 

 

俺はまるでスパイにでもなったような気分で、興奮して息遣いが激しくなるのを抑えつつ、ターゲットであるピエロのことを思い返す。

 

 

それはそうと、あのピエロどんな格好してたっけ?

 

たしか、ダサいメイクにへんてこな付け鼻と付けヒゲ、それにいびつな形のメガネ。

 

腕と足と、特にお腹まわりが風船でも詰めたようにパンパンにふくれていて、ピンクと黄色のスパンコールがチカチカする服には女性アイドルが着る衣装のようなフリルがたくさん付いていたはずだ。

 

いい歳してあんな格好して恥ずかしくないのかよ。

 

俺が大人になったら、あんな仕事はゴメンだね。

 

おまけに大勢の観客にあんなに笑われてさ。

 

さっきのショーでのピエロの情けないパフォーマンスを思い出し、俺は思わず顔が引きつった。

 

 

それはそうと、ピエロはいつ戻ってくるだろうか。

 

午後の公演までにはまだ少し時間があるはずだ。

 

 

いや、待てよ?

 

そもそも他の演者が先に戻ってくる可能性だって十分にあるじゃないか。

 

それに人数が増えれば、身動きも取りづらくなる。

 

もし見つかったら、ピエロの秘密を言いふらす俺の作戦も全て水の泡だ。

 

こんな奥の方に隠れていたら、余計に抜け出すのが難しくなるぞ。

 

 

そう思うやいなや、俺は演台の陰から出ようと身をよじらせた。

 

その時だった。

 

『カチャリ』

 

控室のドアが開いて、誰かが入ってきたのは。

 

 

小話「腕なしピエロ」(つづき)

 

間一髪だった。

 

ドアが開く直前、ブーツをはいたような硬い足音が聞こえたものだから、俺はとっさに演台から出しかけた体をもう一度内側に引きずりこんだ。

 

恐らくあのまま出ていたら、部屋に入ってきた誰かと鉢合わせしていただろう。

 

完全に肝が冷え切っていた。

 

壁にもたれかけた背中にまで振動が伝わるほど、心臓が激しく脈打っているのが分かる。

 

今はただ、呼吸音が聞こえないように息を殺すので精いっぱいだ。

 

しかし、いったい誰なんだ?

 

誰が戻ってきた?

 

ピエロか、あるいは他の演者か?

 

 

 

はやる気持ちを抑え、息が整うのを待ってから、俺はそぅっと、すき間から控室を見渡す。

 

かろうじて見えるのは、着ぐるみのような、でかいブーツ。

 

さっきの足音は、どうやらあれのようだった。

 

しかし、足だけではだれか判断できない。

 

ぶっちゃけ、ショーの間は前に座ってたやつの頭が邪魔で、足元なんか見えてなかったし。

 

それに、俺が確認したいのはピエロの右腕だ。

 

入ってきたのが誰にせよ、何とか全身が見えるようにしなければ始まらない。

 

そう考えた俺は音を立てないように、少しずつ、少しずつ身を乗り出して視界の範囲を広げていく。

 

 

腰丈まで見えた。

 

どうやらイスに座っている様子で、ひらひらとしたフリルが座面からはみ出して垂れ下がっている。

 

 

さらに目線を上げて、おそらく首元まで。

 

膨れ上がった胴体とチカチカするスパンコールが、肩と首の境目をあいまいにしていた。

 

 

とうとう頭まで、全身を捉える。

 

極めつけのダサいメイクに、付け鼻と付けヒゲ。

 

もうメガネは外していたようだが、確かにあいつだ、あのピエロに間違いない。

 

 

控室に入ってきたのはまぎれもなく、俺が一番会いたかったターゲットだった。

 

他には誰もいない。

 

 

やったぞ、俺は運がいい。

 

ついさっきまで自分の作戦の穴に気が付いてうろたえていたが、結果オーライだ。

 

こうして一番の当たりを引き当てることができたのだから。

 

 

だが、喜んでばかりもいられない。

 

ここからが本番なのだ。

 

 

ピエロは今、シートを使って顔のメイクを落としている。

 

あいつを探るなら、手元に気を取られて、おまけに目も閉じている今がチャンスだろう。

 

 

しかしそう意気込んだのもつかの間、ピエロがちょうど俺の目線の先で体を左側に向けているせいで、右半身が死角になってしまっている。

 

もちろん右腕も見えない。

 

 

ちくしょう。

 

あと少しだってのに。

 

何とかあいつの右半身を確認する方法を考えないと。

 

 

しかし、俺は結局そのまま何も考えが浮かばずに、グダグダと不毛な時間を費やした。

 

そして、

 

『ギィィィーン』

 

と、イスの脚が床にこすれるイヤな音をたてながら、ついにピエロが立ち上がってしまう。

 

どうやらメイクを落とし終わったらしい。

 

 

チャンスを逃した?

 

俺はほんの一瞬、何の成果も上げられなかったことを冷やかしてくるであろうクラスメイト達への言い訳を考えかけるも、すぐにかぶりを振って思い直す。

 

違う、そうじゃない。

 

これこそが本当のチャンスなんだ。

 

ピエロが立ち上がって、体勢が変わった今が。

 

 

俺は自分の居場所がバレるか否かのギリギリのラインまで身を乗り出して、立ち上がったピエロの全身をもう一度捉えなおす。

 

もうピエロの右半身もバッチリと見えている。

 

チェックメイトだ。

 

とうとう俺は、ピエロの腕の秘密を・・・

 

 

そう思うが早いか否か、俺の思考は完全に停止して、目の前の光景にくぎ付けになる。

 

その時のショックたるや、いままであんなに躍起になっていたピエロの腕の秘密なんて、もうどうでもよくなるほどだった。

 

 

本当に、もうどうでも・・・

 

腕の秘密なんて・・・

 

腕の・・・ 秘密?

 

 

いや、むしろ俺は最初からそれを知っている。

 

おれはあのピエロの顔を知っている。

 

 

冗談を言うときに右肩の骨の突き出したのを『パシッ』と左手ではたいては、おれを笑わせようと寄り目をする、あのなんとも言えない顔。

 

ゲームのコントローラーを扱いづらそうにしながらも、いざ対戦するといつもおれに圧勝して大笑いする、見慣れた顔。

 

あまりの衝撃におれは自分の状況も忘れ、気が付けば、自分の意志とは切り離された声帯がいつもと同じように、その名を呼んでしまっていた。

 

 

『・・・兄ちゃん?』

 

 

 

 

 

兄ちゃんは、おれの家の二軒となりにあるぼろアパートに住んでいて、うちの家族が今の家に引っ越してきて間もないころから付き合いがある。

 

あのころはまだご近所の勝手がよく分からず、ごみ捨て場にすらたどり着けずにうろついていたおれを、兄ちゃんが見つけて声をかけてくれたのが最初だった。

 

おれが朝ごみ捨てに外に出る時間と、当時の兄ちゃんが出勤するタイミングとが、たまたま同じだったらしい。

 

その時はおれも、『いい人だな』くらいにしか思っていなかったのだけれど、それを聞いたうちの母さんが、

 

『息子がお世話になりまして・・・』

 

だなんて、わざわざ挨拶しに行ったのだ。

 

それも、次の日の朝に兄ちゃんが出勤するのを待ち伏せてまで。

 

おれは小学生ながらに、

 

『そこまでするか?』

 

と内心かなり引いていたのを今でも覚えている。

 

ただ、当時はご近所の知り合いなんてまだ一人もいなかったから、おれから話を聞いて母さんは、これ幸いとばかりに兄ちゃんとお近づきになろうと考えたのだろう。

 

うちの母さん、結構したたかなところあるからな。

 

そういう流れで、おれたち家族は必然的に兄ちゃんに頼るようになるのだが、兄ちゃんも兄ちゃんで人がいいものだから、いろいろと親身になって教えてくれた。

 

町内会など地域の集まりのあれこれ、ややこしい資源ごみの分別から最寄りのスーパーのお買い得情報にいたるまで、本当にうちは家族ぐるみでお世話になっている。

 

ことおれにいたっては、新しい小学校のやつらよりも先に兄ちゃんと友達になって、よく遊んでもらっていた。

 

思えば、ゲームを貸してもらうようになったのも、兄ちゃんの家にまで潜り込むようになったのがきっかけだったか。

 

 

もちろん、うちだって世話になってばかりじゃない。

 

兄ちゃんがごみを出す日は、おれが訪ねていって運ぶのを手伝っている。

 

一人暮らしのくせして、兄ちゃんはやたらごみ袋の数が多いからな。

 

いったい何がそんなにも詰まっているのかと言えば、その原因は、兄ちゃんが毎日のようにスーパーやコンビニで買って食べている弁当とお惣菜の容器。

 

これが非常にかさばる。

 

 

その量たるや、こうも毎日味の濃いものばかりでは良くないと、状況を見かねた母さんが言い出したのも分かる。

 

おれもそう思う。

 

 

だからいつの頃からか、芋の煮っころがしだのひじきの炊いたんだの、母さんが多めに作った料理を兄ちゃんにも持って行ってやれと言うようになったのは、いたって自然な成り行きだった。

 

 

おすそ分けに行くときはいつも、詰められた料理がまだ熱いからとおれは鍋つかみを手にはめて、ぼろアパートまで小走りでいくのがお決まりの光景だ。

 

そうして、片手で持つのにギリギリ安定しないくらいには大きなタッパーを手渡すと、兄ちゃんはいつもたいそう喜んでくれる。

 

大げさだとおれは言うけど、兄ちゃんは自分で作るのが難しいからって、できたての手料理を食べられることが本当にありがたいらしい。

 

兄ちゃんがめちゃくちゃお礼を言ってくるのを毎度照れくさく思いながら、さっさと台所まで上がり込んで、流し台の脇に『トスン』とタッパーを置くまでが、おれの役目だ。

 

 

さすがに家の中まで上がり込む必要はないんじゃないかって?

 

そうかもしれない。

 

でも、おれと兄ちゃんの間ではこれで普通なんだ。

 

だって兄ちゃんには腕が片っぽしかないから。

 

 

どうやら、以前に事故に遭ったかなにかで大ケガをしていまい、切断せざるを得なかったらしいのだが、おれもそれ以上詳しい理由は聞かない。

 

きっとデリケートなことだと思うからだ。

 

 

 

ともかくそういう事情があって兄ちゃんは、中学生のおれから見てもいつも何かと大変そうにしている。

 

ごみを出すにも、家とごみ捨て場とを何回も往復しなきゃいけない。

 

おれが初めておすそわけに来たときだって、切り干し大根を玄関先でぶちまけそうになったくらいだ。

 

 

その上、兄ちゃんがハンディキャップがあることを理由に、なかなか良い仕事に巡りつけないでいることも、おれはなんとなく分かっていた。

 

いつも気丈に振る舞っているが、生活にあまり余裕はないのだろう。

 

だからおれは兄ちゃんがどこで何の仕事をしているのか気になってはいたものの、なんとなくはばかられて、いままで聞いてみたことは一度もなかったのだ。

 

 

それがまさか、こんな形で仕事中の兄ちゃんと会うことになるなんて・・・

 

 

時刻は午後1時30分を少し回ったころ、放送委員が今後の催しをたどたどしく読み上げる声が、体育館のスピーカーからも聞こえてくる。

 

 

そんなお知らせなど耳にも入らず、今おれはステージ脇の控室の中。

 

道化服に身を包んだ兄ちゃんと二人、目を合わせて向き合っていた。

 

 

 

 

 

『誰だ?』

 

先に声を発したのは、兄ちゃんの方だった。

 

あきらかにこちらを警戒している。

 

もう、何を言ってもごまかせる雰囲気ではない。

 

『そこから出てこい』

 

兄ちゃんの呼びかけに対して、おれは素直に演台の後ろから姿を現す。

 

何のためらいもなかった。

 

というよりも、ためらいとか、諦めとか後悔とかではなく、ただただ驚きだけがあふれかえって、脳が思考することを拒絶していたのだ。

 

兄ちゃんの方もおれの姿を見るやいなや、かなり驚いているのが表情から察せられた。

 

『おまえ、いったいどうして・・・』

 

『ここで何やってるんだ?』

 

兄ちゃんに問いかけにおれはようやく我に返ったが、のどの奥のべんがつっかえて上手く言葉が出てこない。

 

『えぇと・・・』

 

そう、やっとこさ声を絞り出してから、おれが真っ先に言おうと思いついたのは、何とかこの場を切り抜けるための言い訳だった。

 

しかし、次におれが発したのは、

 

『おれ、ピエロの腕の秘密を探りに来たんだ。』

 

『切断マジックのタネがどうしても分からなくて。』

 

という、バカが付くほど正直な回答。

 

 

分かってた。

 

これまで、どれほど似たような問答を繰り返してきたと思う?

 

おれと兄ちゃんが何日、何時間、本当の兄弟のように一緒に過ごしてきたと。

 

 

だから、おれがここでどんな言い訳をしたところで、兄ちゃんに隠し事をすることはできないと思ったのだ。

 

 

おれがなぜゲームで勝てないのか、兄ちゃんがいつも言ってたよ。

 

『おまえはほんと分かりやすいな!』

 

って。

 

 

出だしだけでもしゃべってしまうと、おれはもう止まらなくなって、ここに来た理由を洗いざらい兄ちゃんに白状する。

 

クラスメイトが切断マジックの話題で盛り上がっていたこと。

 

おれがピエロの秘密をあばいてやると大見え切って出てきたこと。

 

実はクラスメイトのためなんかじゃなくて、コロッケサンドを食べ損ねて個人的にマジックショーを逆恨みしていたこと。

 

午後のショーが始まる前に、ピエロの秘密を学校中に言いふらしてやるつもりだったこと。

 

 

後から思えば、コロッケサンドのくだりは特に言う必要はなかったが、気が動転してしまっていたのだから仕方がないだろう?

 

 

頭も呂(ろ)律(れつ)も回らない。

 

本当に声を出すだけで、伝えようとするだけで精いっぱいだったんだ。

 

 

そんな調子で、おれがつっかえつっかえに話している最中も、兄ちゃんはただじっと目を閉じて聞いてくれていた。

 

そしておれが一通り話し終えると、兄ちゃんは一度

 

『うぅん』

 

と唸ってから、まるで話しだしの呼吸を整えるかのように、消え入るくらいの声でゆっくりとつぶやいた。

 

『なるほどねぇ』

 

 

おれは、次の兄ちゃんの言葉を待った。

 

内心バクバクで、今にも逃げ出してしまいたかったが、自分でまいた種だ。

 

どうすることもできない。

 

 

少しうなだれ気味にイスに座っていた兄ちゃんが顔を上げておれの目を見据えなおし、先ほどとは打って変わって、はっきりと芯の通った声でこう言った。

 

『オレのパフォーマンス、どうだった?』

 

 

今何と言った?

 

兄ちゃんは今おれに向かって、怒るでもとがめるでもなく、ショーの評価を求めてきた?

 

おれはてっきり怒られるものだと思っていたから、予想外の状況に対応できず、ポカンと口を開けたまま再び固まってしまった。

 

 

そんなおれの様子を見て兄ちゃんは、今度は言い聞かせるような語り口調になる。

 

『おまえはオレの前ではいつも礼儀正しいが、他ではそういうわけじゃない。』

 

 

次は何が始まった?

 

兄ちゃんの意図が呑み込めない。

 

 

そんなおれの動揺など知ってか知らずか、構わずに兄ちゃんは続ける。

 

『知らない物事にはまず疑ってかかるふしがあるし、中学に上がってからはそれに輪をかけて、うがった見方をするようにもなった。』

 

『違うか?』

 

相変わらず話している意図は分からない。

 

しかし、兄ちゃんの言っていることは全て的を得ていた。

 

やっぱりおれは見抜かれている?

 

いや逆に、どんだけ分かりやすいんだよ、おれ。

 

 

兄ちゃんはいぜんとして黙っているおれを見つめたまま、一呼吸おいてから、こう締めくくった。

 

『まぁ、つまりだな。』

 

『そんなふうにうがって物事を見てるおまえの目でも、切断のトリックを見抜けなかったんだから・・・』

 

『オレの演技力もたいしたもんだろう?』

 

『あれだけステージを転げまわってて、義手だとバレないように振る舞うのに、すっげぇ練習したんだぜ?』

 

 

・・・・・。

 

おれはもう、面食らってしまって、

 

『へぁは?』

 

自分でもどこから空気が抜けたのか分からないほどのマヌケな返事をしてしまった

 

 

なにそれ? 何で怒んないの?

 

人がいいなんてもんじゃないよ。

 

近いうちに悪い大人にダマされるよ、兄ちゃん・・・

 

 

それに演技力って言ったって、さっきのショーのピエロはまるで・・・

 

 

ピエロは、まるで・・・

 

 

なんだろう?

 

なにかモヤモヤとしたものが沸き上がってくるのを感じながら、ショーで見たピエロの姿と、目の前の兄ちゃんの姿が重なってフラッシュバックしていく。

 

バケツに片足を突っ込んで転んだ後、ブクブクとふくれた体をばたつかせながら『助けて、起こして』と騒ぐ ピエロ 兄ちゃん。

 

やっとこさ立ち上がったかと思えば、今度はもう片方の足にロープを絡ませて仰向けにひっくり返る ピエロ 兄ちゃん。

 

ふらふらと立ち上がっても、何度も壁にぶつかってはステージの上を端からはしまで転げまわる ピエロ 兄ちゃん。

 

 

あぁ、そうか。

 

モヤモヤの正体がなんとなく分かりかけたところで、おれは兄ちゃんに向き直る。

 

そして次の瞬間にはもう、せきを切ったように抑えがきかなくなって、感情にまかせて言いたいことを全部言ってしまった。

 

『兄ちゃん、なんでこんな仕事してんの?』

 

『あんなふうにみんなに笑われてさ?』

 

『正直言って、すげぇカッコ悪いよ!』

 

『あれじゃまるで・・・』

 

『まるで、バカみたいじゃん!!』

 

 

あまりに唐突なおれの言葉のラッシュに、今度は兄ちゃんの方が面食らったようである。

 

 

だが、この時ショックを受けていたのは兄ちゃんだけではない。

 

 

やってしまった。

 

おれは、つい3秒前にしでかしたことを寒気がするほど後悔していた。

 

体が震えている。

 

自分で自分の言ったことが信じられない。

 

 

おれは兄ちゃんがこれまで苦労してきたのを知っていたのに。

 

兄ちゃんがあまり自由に仕事を選べる状況じゃないって分かってたのに。

 

ただ、兄ちゃんがみんなから笑われているのがどうしようもなく悔しくて、ムカついて、思わず口をついて出てしまった。

 

本当にそれだけだったのだ。

 

 

 

 

 

『それは違うぞ』

 

いつの間にか立ち上がっていた兄ちゃんが歩み寄ってきて、おれの右肩をがっしりとつかみながら重く静かに言った。

 

 

怒って、いる?

 

目線をこっちの高さまで合わせてまっすぐに見てくる兄ちゃんの険しい顔は、おれがこれまで一度も見たことのないものだ。

 

間違いない、あの人のいい兄ちゃんが怒っている。

 

 

『みんなにオレが笑われているんじゃない。』

 

『オレがみんなを笑わせてるんだ。』

 

『実際がどうであれ、オレはそう信じて全力で情けないピエロを演じている。』

 

兄ちゃんの言葉の一つひとつに熱がこもっていて、その迫力におれは思わず後ずさりそうになる。

 

だが、おれの肩をつかむ兄ちゃんの大きな左手がそれを許さない。

 

 

いったい何分間、そうしていただろうか。

 

まっすぐな兄ちゃんの目から視線を逸らすことができないで、おれたち二人はしばらくの間お互い何も言わず見つめあっていた。

 

 

このまま永遠に続くかとも思いかけた、その刹那、

 

『ピロリリリリリ・・・ ピロリリリリリ・・・』

 

イスの脇に置いてあった兄ちゃんのカバンから携帯の着信音が鳴り響き、止まっていた時間にひびを入れる。

 

おれが音にハッとしたときにはもう兄ちゃんは振り返っていて、カバンの中から呼びつけている携帯を急いで取り出し耳元にあてた。

 

そうして、向こうの相手と2~3往復ほど軽いやり取りを交わしたのち電話を切り、おれの方を見る。

 

『先輩たち、もう少し校内を回ってくるってさ。』

 

そう告げるなり、兄ちゃんはさきほどまで使っていたイスのところにもどり、もう一度腰を下ろした。

 

『まぁ、おまえも座れよ。』

 

兄ちゃんに促されて、おれは手近な丸イスを引き寄せ腰かける。

 

 

それを見た兄ちゃんはいつもどおり右肩を『パシッ』とたたいて、けれども顔は真剣なままで、少し遠くを見やった。

 

『おまえも気づいてたと思うけど、オレは腕がないから仕事探すのに苦労してた。』

 

兄ちゃんが、とつとつと話し始める。

 

『社会的弱者の支援って名目で採用してくれた会社はいくつかあったけど、ふたを開けてみれば結局そんなのは世間の体裁をよくするための広告でしかなかったりしてな。』

 

『いざ現場に放り込まれてみれば、オレはいつだって仕事ができない厄介者扱いだった。』

 

『もっと簡単に言えば、オレは、会社がお客様たちのご機嫌を取るための客引きピエロでしかなかったんだ。』

 

『だからオレは、自分の腕が無いことを死ぬほど嫌に思ってた。』

 

 

知らなかった。

 

兄ちゃんがそんなふうに思い悩んでいたなんて。

 

なにが、「本当の兄弟のように一緒に過ごしてきた」だよ。

 

全然兄弟でも友達でも、なんでもないじゃないか。

 

おれはいままで、兄ちゃんが苦しんでいるのに何も気づけないでいたんだから。

 

自分の底抜けのマヌケさと調子よさに腹が立って仕方がない。

 

 

兄ちゃんは話し続ける。

 

『会社で後ろ指さされるのにも、いいかげん耐えられなくなってきた頃かな、専門学校時代のダチからこのマジックショーの話を聞いたのは。』

 

『ピエロ役のバイトを募集してるって言うから、少しでも生活の足しになればと思って、最初は副業のつもりで始めたんだよ。』

 

『そしたら演者の先輩たちがすごく良くしてくれてさ、シンプルな言い方かもしれないけど、正直すげぇ居心地が良かった。』

 

『だからオレさ、気が付いたら完全にこっち一本でやっていきたいって思うようになってて、そん時勤めてた会社もやめて、正式にこのショーのメンバーに入れてもらったんだ。』

 

『ショー自体の稼ぎは多くないけど、付き合いのあるイベント会社の手伝いしたり他のショーの助っ人行ったりすれば最低限のやりくりはできるし、行政から支給される補助金とかも合わせれば何とかやっていける。』

 

 

『なにより、腕が無くて仕事ができないことを死ぬほどうとましく思ってたオレが、今は腕がないことを仕事にして観客のみんなを楽しませられるようになった。』

 

『同じピエロはピエロでも大違いだ。』

 

『だからオレは、この仕事に誇りをもってやってる。』

 

『それをこれ以上悪く言うってんだったら・・・』

 

そこまで言って兄ちゃんは話すのを止め、座っていたイスから身を乗り出しておれの顔をぐいとのぞき込んできた。

 

 

きっとまだ兄ちゃんは怒っている。

 

そう思うと、おれは言葉が出てこなくて、また黙り込むしかなかった。

 

 

そしたらさ。

 

にーぃって。

 

途端に、兄ちゃんがいたずらっぽく笑って見せて、

 

『もうゲーム貸してやんないからな!』

 

なんて言って、すぐにそっぽを向いたんだ。

 

なんていうか、柄にもなくアツく語ってしまった気恥ずかしさを紛らわそうとしたようにも見えた。

 

 

けれど、おれは笑わないで、

 

『いいよ、ゲームは別に。』

 

って、兄ちゃんの背中に向かって短く言った。

 

 

ちょっとだけ兄ちゃんがピクッと反応したように見えたけど、何も言ってこないから、おれは言葉を付け足す。

 

『それと、もう悪く言わない。』

 

そこまで言ってやっと兄ちゃんはまたこっちを向いてくれた。

 

少し顔が赤い。

 

 

でも、恥ずかしがってるとこ悪いけど、面と向かっている今だから、もう少しだけ言いたいことがおれにはある。

 

『おれさ、いつも遊んでくれる兄ちゃんのこと面白くてすっげぇ好きだったけどさ、なんていうか、今日はこれまでで、一番カッケェって思う。』

 

そんなクサいセリフを言ってのけたおれの顔をまじまじと見て、兄ちゃんが少しだけニヤけやがった。

 

 

バカ野郎!

 

今度はこっちが気恥ずかしくなるじゃんか!

 

 

だからもうおれは勢いに任せて、

 

『頑張れよ! 兄ちゃん!』

 

そう言って、思いっきり右の拳を突き出した。

 

 

『ビクッ!』

 

あれ?

 

兄ちゃん、今ちょっとビビったよな?

 

 

その反応におれも思わずニヤけそうになったもんだから、兄ちゃんの方もすかさず、

 

『おう!』

 

と返事して左拳を突き合わせる。

 

 

そうしておれたち二人は拳を合わせたまま、ほぼほぼ同時に噴き出してしまい、しまいにはお互い変なツボに入って笑ってしまっていた。

 

 

『じゃ、おれもう行くよ。』

 

ひとしきり笑い終えた後、おれは兄ちゃんに軽くあいさつして立ち上がる。

 

 

そして、控室を出ようとドアノブに手をかけたとき、

 

『ちょい待ち。』

 

と言って、兄ちゃんがおれを呼び止めた。

 

 

『何?』

 

反射的におれが聞き返すと、兄ちゃんは得意げに右肩を『パシッ』とやって、お決まりの寄り目の顔になって、おどけた口調で言ってきた。

 

『最後に一つ良いこと教えといてやろう。』

 

 

 

 

 

教室にもどった俺は瞬く間にクラスメイト全員に取り囲まれてしまった。

 

どうやらピエロの腕の秘密が知りたくて、フリータイムに校内を回ることもせず俺の帰りを待ち構えていたらしい。

 

俺が出て行くときはあれだけ尻込みしていたくせに、ほんとに都合のいい奴らだ。

 

しかし、臆面もなく潜入が失敗したことをみんなに告げたものだから、俺は全員から激しいブーイングを受けるハメになってしまった。

 

それでも、兄ちゃんが最後に教えてくれた情報を共有してやったおかげで、俺のメンツは保たれたわけだが。

 

 

『あそこのコロッケサンドな、毎月の第三土曜日になると駅前に売りに来てるみたいだぞ。』

 

 

さすがは兄ちゃん、頼りになるぜ。

 

 

もちろん、潜入に失敗したなんてのは、全くのでたらめである。

 

しかし、もしもクラス全員から総スカンを喰らうことになっていたとしても、おれはピエロの秘密を言うつもりは絶対にない。

 

そして俺が秘密を守っている限り、学校のやつらにバレることもないだろう。

 

 

なんてったって、うがった俺の目でも見破れなかったほどの演技力をあのピエロは持っている。

 

そうさ、あのピエロの腕は本物なんだ。

 

 

 

 

 

マジックショー、午後のステージ。

 

演目は午前中と全く同じ。

 

一度見ているショーをわざわざフリータイムに見に訪れる生徒は他にいないようすで、客席には午後からやってきた外部招待の父兄らがまばらに座っているだけである。

 

 

『ドッガシャーン!!!』

 

突然、騒々しい効果音が鳴り響く。

 

いったい何事か?

 

 

それはもちろんご存じの通り、あいつが登場した合図。

 

今まさに、バケツに片足を突っ込んだピエロが、盛大にずっこけながらステージ上に姿を現した。

 

 

そのパフォーマンスは誰がどこからどう見てもなさけない、本当に全身全霊でなさけない、全力フルパワーのコメディ。

 

コケて、転げて、ぶつかって、しまいにゃ腕まで切り落とされる。

 

 

そんなドタバタ劇を見るためにおれは最前列に陣取って、全力でなさけなくピエロを演じる彼に向かって精いっぱいの拍手と声援を送っていたのだった。

 

おしまい